〈年金月20万円〉〈退職金3,200万円〉72歳男性、「バカみたいに散財しちゃったよ」35年連れ添った妻に三行半「東京都新宿区・家賃4万5,000円のボロアパート」に漂う絶望感
学校を卒業して以来、苦しいことのほうが多いであろうサラリーマン。そんな苦労のご褒美としてもらえるのが定年退職金です。一度にもらえるお金としては、おそらく人生史上最高額。何に使うかは人それぞれですが、何とも残念な使い方をする人もいるようです。 老後不安が影響…退職金の使い道 金子将さん(仮名・72歳)。勤めていた会社は60歳で定年だったといいますが、人材の若返りを目指し、58歳のときに早期退職を募集。金子さんは手を挙げて、定年時の金額に上乗せして退職金を受け取ったといいます。その額、3,200万円。 ――2年分の給与が貰えませんが、もう十分働いたからもういいかなと思って。退職金は800万円ほど多くもらえたんじゃないかな 突然始まった定年生活。家族にきちんと相談をして決めたことではなかったので、呆れられたといいます。家族の反応はさえておき、いきなり3,000万円を超えるお金が入るわけですから、相当テンションが上がったとか。 ――あれや、これやと退職金の使い道を考える……人生で一番幸せなときだったかもしれません(笑) 一般社団法人投資信託協会『60歳代以上の投資信託等に関するアンケート調査報告書』によると、退職金の使い道で最も多かったのは「預貯金」で6割弱。多くの人が老後の生活資金を確保するために、リスクを避ける選択をしていると考えられます。
「脳出血で倒れて1年3か月」歌手・井上あずみ「わたしは元気!」復帰イベントで披露した『さんぽ』は「まさに今の私のための歌」
ジブリ映画の楽曲『君をのせて』や『となりのトトロ』を歌う歌手・井上あずみさん。昨年8月に40周年コンサートの当日、リハーサル中に脳出血で倒れ、1年にわたる過酷なリハビリを経て、先月ステージに復帰しました。この日を迎えたお気持ちなどを伺いました。(全4回中の4回) 2024年11月16日のイベント「アニソン文化祭2024 みんな集まれ!わたしは元気♪」では総合司会を務められました。この日が実質、手術から1年3か月ぶりの復帰となりましたが、無事に終えられた率直なご感想を教えてください。 井上さん:アニメソングを歌う仲間たちや娘で歌手の今尾侑夕(ゆーゆ)に助けられてこの日を迎えることができました。でも、正直に言うと、すごく疲れました。病気になる前は2時間くらいのコンサートは頻繁にやっていたのに、まだまだ本調子ではないことを実感したのは事実です。でも「やっと40周年が迎えられて進みだしたな」と思えました。昨年8月の40周年コンサートの当日、本番直前のリハーサル中に脳出血で倒れてしまい、私のなかで40周年のコンサートは幕が上がらないままで止まっていましたから。 ── イベントではジブリ映画の楽曲『となりのトトロ』を歌唱なさったそうですね。 井上さん:はい。みなさん大きな拍手と笑顔で見守ってくれ、一緒に歌ってくれてうれしかったです。「あぁ、この感じだ!」って、かつてのコンサートを思い出しましたね。今回、車いすで歌うことになり、座るとどうしても姿勢的に声が出しづらいので、練習をたくさんしました。「立てばもっと声出るのに」と悔しさも少しありましたが、苦しそうに見えないよう、明るく笑顔で歌うことを心がけました。少し音程をはずしてしまったのは残念だったんですけどね。 今回出演してくれた仲間たちはとてもあたたかくて…。みなさんがステージでお祝いの言葉をくださって、それを舞台袖で聞いてたんですけど、本当はステージ正面から見たかったです(笑)。洗足学園音楽大学のみなさんも参加してくださって、若いパワーを見ていると、もう未来しかないなって希望をもらいましたね。 ── 映画『となりのトトロ』の曲『さんぽ』も披露されたそうですね。 井上さん:『さんぽ』は自分も元気になりたいなという気持ちで歌いました。会場のみなさんも歌ってくれ、それが応援してくれているように聞こえて、胸がいっぱいになりました。まさにリハビリでたくさん歩いて、今の元気な姿をお見せできた自分のことと重なって、もう感激ですよ。今の私のための歌のように聞こえて、この曲に出会えたことに改めて感謝しました。
中山美穂さん行きつけ焼肉店の店主が明かす「帰るときはいつも腕を組んで」忘れられない姉妹の姿
《大好きな妹は子供の頃からいつも私の後を付いてきます。今も何かある毎に来てくれます。優しくて可愛くてしっかりした女優さんで、忍が妹で本当に良かった》 生前、SNSに妹の中山忍について、そう投稿していた中山美穂さん。2024年12月6日に急逝した彼女を惜しむ声が絶えない。 「中山さんのオフィシャルサイトで、2025年3月末でファンクラブを閉鎖することが発表されました」(スポーツ紙記者) 中山さんのインスタグラムにある最後の投稿には、1万件を超えるコメントが寄せられている。 《1番、美穂ちゃんが驚いてますよね? 心にぽっかり穴が開いた感じです》 《あなたが亡くなった事を知ってから、本当に悲しい毎日を過ごしていました》 《いまだに信じられない。嘘であってほしい。受け入れられない》 《ミポリンのいない世界はつまらない。私の生きる指針だったのに。どうすればいいの?》 多くのファンが、今もその死を受け止められないでいる。 思い出の多い行きつけの焼き肉店 「もう、美穂さんがこの店に来ることがないんだと思うと、信じられないですよね」 そう話すのは、東京・笹塚にある焼き肉店『にくる』の店長・伊藤信太郎さん。同店は生前、中山さんが足しげく通った行きつけだった。 「店はオープンして4年ほど。当初は忍さんが来てくれて、その紹介で、美穂さんもいらっしゃるようになりました」 月に1回は中山さんから弁当の注文が入り、数か月に1回は直接、店を訪れていたという。 「いらした際は、必ず“ありがとう、お弁当おいしかったよ”と言ってくれて、僕みたいな、ただの飲食店の従業員にも分け隔てなく、気さくに接してくれる人でした。忍さんが僕を下の名前で呼んでくれていたのにならって、美穂さんも“シンちゃん”と呼んでくれるんですから」 常連だった忍は、来店するたびに姉について話していたという。 「忍さんは“聞いたよ! この間、姉のライブにお弁当を届けてくれたんだってね。ありがとう”って、美穂さんのことでもきちんとお礼を言ってくれるんです。本当に仲がいいんだなって」 ふたりが揃って訪れたときには、特別に仲のよさを感じた、忘れられない姉妹の姿があったという。